室温で考える快適住宅設計

ハウスメーカーの性能アピール広告

2021年にハウスメーカーT社がUa値0.37の住宅を販売開始しました。有名なタレントを使ったテレビCMが流れているのでご存知の方もいるかもしれません。ハウスメーカーやハウスビルダーが提供する住宅の広告に高いUa値を掲げているのはT社だけではありません。「北海道の基準に近いです」や「北海道の基準を超えています」などのキャッチコピーもよく見かけるようになしました。
『T社』のホームページを見てみると次のようなキャッチフレーズでアピールしていました。

冬は暖かく、夏は涼しい。

ZEHの断熱レベルを超える「HEAT20・G1」相当の断熱性 Ua値0.37を確保。

なにやら難しい文言を並べて高性能であることをアピールしています。一般のお客様は一発で惑わされてしまうことでしょう。さてさて、Ua値性能が高くて「冬は暖かく、夏は涼しい家」になっているように感じ取れますがはたして本当でしょうか?

当事務所が行っている「室温で考える快適住宅設計」について説明しながらその謎を解き明かしてみましょう。

省エネ基準で示されているUa値とηAC値とは

Ua値(外皮平均熱貫流率)は、住宅の内部から外部に逃げていく熱損失の合計を外皮面積で除した値で、値が小さいほど熱が逃げにいことを示します。

単位は「W/m2・K」

内外の温度差が1℃のときに1m2の外皮から逃げていく熱量を示します。内外温度差が1℃のときの数値なので温度差が10℃のときは10倍、温度差が20℃のときは20倍の熱が逃げているということがわかる数値です。

左の解説図に※印で小さく特記されていますが、24時間換気と漏気によって失われる熱用は含んでいません。

ηAC値は、冷房季に、単位日射強度当たりの日射により建物内部に侵入する熱量を外皮面積の合計で除した値です。値が小さいほど住宅内に入る日射による熱量が少なく、冷房が効きやすくなります。

η値に単位はありません。また暖房期の指標としてηAHも計算で算出できます。

平成28年度省エネ基準では、寒冷地から温暖地まで8つの地域区分ごとにUa値とηAC値の基準値が示されています。上の表がその基準値になります。(※8地域のηAC値は3.2→6.7に改定)

東京都や神奈川県の比較的温暖な地域は上の表の6地域に属しているので、Ua値が0.87以下、ηAC値は2.8以下という基準が用いられています。

Ua値が高いと「冬暖かく、夏涼しい家」になるのか?

Ua値(外皮平均熱貫流率)は建物内部から外部に逃げてい行く熱量を示す数値、言い換えれば断熱性能の高さを示す数値であることをご理解いただけたと思います。では次にUa値が高い(断熱性能の高い)住宅は「冬暖かく、夏は涼しい家」になるのか? を考えてみます。

下の図は神奈川県川崎市で建築中の「小さくて広い家」の室温シュミレーション結果です。この住宅のUa値は「0.48」です。省エネ基準は大きく上回っていますが、ハウスメーカーY社の「0.37」よりは低いという性能の住宅です。シュミレーションの前提は、無暖房(エアコンを稼働させていない)状態の昨年1月20日の晴れた冬の日で計算しています。時間は夜8時、その時の外気温は6.5℃です。

シミュレーション結果をよく見てみましょう。1階リビングダイニングは無暖房状態の夜8時にも関わらず室温20.1℃、2階寝室は16.8℃という結果となっています。2階ホールは階段を通じて1階ホールと一体空間になっているので18.4℃です。この室温であれば暖房を稼働させなくても問題なく過ごせそうですね。

次に、南側の窓の大きさを小さくして高性能な窓へ替えたと考えてUa値「0.39」の性能としたときのシュミレーション結果を示します。無暖房状態、昨年1月20日の夜8時というのは同じです。

1階ダイニングの室温は15.5℃、2階寝室の室温は12.5℃という結果になりました。日中の熱取得量が下がったために、断熱性能が高くなったにもかかわらず室温は低くなってしまうのです。

「冬暖かい家にしたい、なるべく省エネな住宅にしたいと考えて注文したのに・・・」
「ハウスメーカーのセールスマンはUa値が高いので冬暖かいですよ!!と言ってたのに・・・」

住み始めてからこの事実を知って後悔しても後の祭り。Ua値の示す意味を理解せずに広告に惑わされてはいけません。Ua値は、日射取得量のない状態であればその数値が小さいほど熱が逃げにくく暖房費も削減できます。ですが実際には日中は主に窓から日射取得があり室温を上昇させ陽が落ちると徐々に下がります。日射取得と熱損失のバランスがとても重要なのです。

どうでしょうか、Ua値は冬の暖かさを示す一つの要素でしかないこををご理解いただけたと思います。住宅建設の希望が「Ua値の低い家」であれば問題ありませんが、多くの人の希望は「暖房なしでも室温が高い冬暖かい家」ですよね。これは一般の方だけでなくプロも間違えている(または知っているのに説明しない)事実です。

室温設計には隣接建物等の影響を考慮した日射取得が重要

前項のシュミレーション結果から、Ua値は冬の暖かさを示す一つの指標でしかないことを理解いただけたでしょう。「Ua値が低く高断熱だから冬暖かいですよ、省エネですよ」という広告に騙されてはいけません。では無暖房状態で室温は何度にになるの?と聞いてみてください。

実際の室温設計では、建物周囲の影響がとても重要です。南側に大きな窓を設けても目の前に建物があって冬の陽ざしが窓から入らなければ、その窓は単なる熱損失器具、になってしまいます。当事務所では、計画地周囲の建物や樹木をシュミレーションソフトに入力してその陰の影響を考慮した設計をしています。そのような過程を経て最も効果的な位置に効果的な大きさと性能の窓を設定できるようになるのです。もちろん、同時に窓から見える景色や外からの視線なども考えながら設計しています。

同じ地域区分でも2°C~3°Cも違う微気候

省エネ基準では日本全国の寒冷地~温暖地を8つの地域に区分しています。それぞれUa値とηAC値の基準値が定められています。地域区分は市町村ごとに定められていて、同じ都道府県内でも2~4つの地域に分かれているので計画地ごとにどの地域に区分されているかを知ることが重要です。また平均気温の変化に応じて地域区分が改定されることがあるので最新の情報の入手も必要です。

例えば同じ東京都でも、奥多摩町は4地域、東京23区は6地域、大島町や八丈島は7地域に指定されています。神奈川県では相模原市や松田町は5地域、東部は6地域に指定されています。

さて、最新の情報から地域区分を調べればOKかというとそうではありません。実は同じ6地域でも外気温は2℃~3℃も違うのです。

その程度、と感じるかもしれませんが2℃~3℃は大きな差になります。日射のない夜間であれば外気温に平行移動するように室温が変動するのです。明け方の最低室温を15℃で抑えるように設計したつもりが、実際は12℃まで下落する性能になっていたということになります。

左の表は2項で室温シュミレーションを紹介した川崎市の「小さくて広い家」と、現在小田原市で設計中の「小田原市バウビオロギー住宅計画」の建設地に近い観測所の外気温表です。時は2020年1月12日、午前1時か~24時の観測データになります。中央の縦欄が横浜観測所、右縦欄が小田原観測所のデータです。日中は2℃ほど小田原市のほうが高いのに、夜間は3℃ほど小田原市のほうが低いことがわかります。同じ県内、同じ地域区分、電車で移動すれば僅か41分という場所にかかわらず3℃も外気温が違うのです。

分かりやすい外気温の違いで説明しましたが、さらに小さな範囲でも気候の違いは存在します。ビルとアスファルトに囲まれた場所と樹木の多い場所、風が通り抜ける場所と建物で風が遮られる場所など、ごく小さな範囲でも外気温や風速が違う、現地調査ではこの微気候の読み取りも住宅設計にはとても重要なのです。

涼を感じる窓換気性能と遮熱性能

4項までは主に冬の環境について説明してきました。5項では夏の環境、窓を開けて窓換気している状態と窓を閉め切ったときの違いについてお話いたします。

■窓換気あり・南窓外に遮蔽物なし

最初のシュミレーション画像は昨年の8月13日を想定したものです。午後3時、外気温は30.2℃です。1階リビングダイニングの室温は31.8℃、2階寝室の室温は30.3℃という結果になりました。通風窓を開け放ち窓換気させることで外気温に近い室温となっています。

■窓換気あり・南窓外にヨシズや外付けブラインドを設けた場合

次に1階の南側窓の外にヨシズや外付けブラインドを設置して日射遮蔽した状況のシュミレーションです。そもそも「小さくて広い家」では窓上に庇、窓両サイドに袖壁を設けることで夏の直射日光が入り難い作りにしています。これら設計上の工夫に加えて、居住者が窓外にヨシズを立てかけるなどして日射遮蔽することで1階の室温が1.1℃下がるという結果となりました。いままで設計してきた住宅の事例では、設計上の工夫と居住者の工夫によって外気温32℃くらいまでは冷房なしで過ごすことができることを実感しています。

■窓換気なし・南窓外に遮蔽物なし

最後に、2項で検討したUa値「0.39」の性能とした場合はどうなるかをシュミレーションしました。
窓は開放して窓換気させた状態の結果です。窓外の遮蔽がない最初のシュミレーション結果と比べると1階で約2℃、2階で約1℃室温が上がる結果となりました。窓を小さくして断熱性能を高め、結果としてηAC値(冷房期日射取得率)も30%ほど改善したにもかかわらず、窓換気性能が下がったことにより熱がこもり室温が上がってしまったのです。

この結果から分かるように窓を小さくしてUa値を下げると、冬は日射取得量不足で室温が上がらず、夏は適切な窓換気ができず室温が上がってしまうという結果になる可能性が高いのです。

窓換気は室温が下がるという効能だけではなく、風が流れることで涼しさを感じるという効果も高いです。夏場の冷房稼働時間を下げる上でも窓換気性能はとても重要で、設計者の感だけでなくこのようなシュミレーションによる検証も必要です。

施工中の大工さんの声、施工後の実測

ここ3年ほど、工事中の大工さんから、夏であれば「この家は涼しいね~」、冬であれば「この家は暖かいね~」という声をいただくことが多くなりました。施工現場で日々働いている大工さんの生の声はとても参考になります。

5項まで、当事務所で実践している「室温で考える快適住宅設計」について説明してきました。料理で言えばレシピと作り方の違いによる結果、机上の計算結果から説明してきましたが、食事であれば実際に食べてみて本当に美味しいかどうかで評価しますよね。住宅設計も同じです。いくらすばらしい理論で設計しても結果が伴わなければ机上の空論となってしまいます。

当事務所では竣工した住宅に温湿度を常時計測してデータを蓄積してくれる温湿度データロガーを設置させてもらい設計通りの結果となったかどうかを分析しています。これを繰り返すことにより1段1段階段を上るように真の快適住宅に近づくのです。

上のグラフは「太陽と風を受けるくの字の家」の室温を測定してグラフ化したものです。2019,年1

月7日~8日、外気温は2度まで下がった二日間の結果です。リビングダイニングの最低室温は7日早朝の13℃、寝室の最低室温は早朝の14℃、無暖房状態での外気温とリビングダイニング室温の温度差は8日早朝で12℃という結果となりました。また毎日2時間ほどの暖房稼働で暮らしていることも読み取れます。設計時のシュミレーション通りの結果でした。

このように、設計時の想定と実測データを分析することを繰り返すと見えなかったものが見えてくるものです。高断熱高気密住宅という言葉が簡単に使われていますが、求める結果は住人それぞれ違います。冬でもTシャツ1枚で暮らしたい人、セーターを着るくらいで過ごせるならなるべく暖房かけたくない人、夏は窓を開けないから全館空調で暮らしたいという人、それぞれの要望に合わせた設計が可能になってきます。

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